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2011.05.28 *Sat*

レオン埋葬

あんなにホワホワしてやわらかく暖かかった
レオンの体が冷たく堅くなっていた。
4人の手紙と私のストラップ金属製じゃないもの
確か脱力系ミッキーと弓が私の誕生プレゼントで
くれたクマのストラップだったと思う。

彼の体にヤスと主人で土をかけていく。
だんだん彼が見えなくなっていく。
私はただ泣きながら「レオン。大好きだったよ。愛してたよ。
かわいかったよ。楽しかったよ。ありがとう」
この言葉をバカみたいに繰り返していた。
バアはだから生き物は嫌なんだよと怒ったように
言っていた。でも心の中では泣いていたと思う。
だってバアはレオンのこと本当に
かわいがってくれていたから。

あ~もうやだ。また泣けてきたよ。

声を上げて泣いた。大声で泣いた。
小学生以来だろうな。あんなに泣いたのは。
ヤスに「お前泣きすぎなんだよ」と言われた
仕方がないだろう。涙が止まらないんだから。

埋葬が終わったあとふと横を見ると
鬼瓦が庭に飾ってあった。それも2つもある。
バアに1つレオンのところに目印で置いていいか
聞いた。バアはいい案だね。と褒めてくれた。
まるで墓石だねと皆で笑った。

レオンは海より山のほうが好きな子だった。
柴犬系は水はあんまり好きじゃないみたい。

http://www.youtube.com/user/reon820#p/u/13/HIeBStDUsas

海のそばに行くんだけどオットットと逃げている姿
面白いです。せっかく海に散歩してるのに
なぜか雑草が生え茂っている海岸の端っこが
好きでした。ウンチもいつもそこでしてました。

レオンいいところに埋めてもらえたね。
ここには津波も絶対にこないし山もよく
見えるし、お花もたくさんあるよ。

ごめんなさい。涙がとまらなくなったので
今日はこの辺で。みんなに心配をかけちゃうからね。
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2011.05.27 *Fri*

レター

忘れてた。レオンが死んだことを
スマイル、ノンちゃん、ノンちゃんの親友
そしてスマイルのGFでもあるブルーちゃんに
つげた。「レオンは死んじゃったけど
おりこうさんだったから絶対に天国に行ったよ。
赤ちゃんワンコたちが迷わないように、
面倒を今頃見ているはずだよ。
3人のことをお空の上から見ているから。
いっぱいの人に可愛がられてレオンは幸せだったよ」

私は話しながら泣いた。彼女たちはワンワン泣いた。
スマイルも泣いていたらしい。
気がつかなかったよ。ごめんね。
3人にレオンのお墓にお手紙を入れるから
書いてと頼んだ。なぜか手元にあった
かわいらしいメモ帳に4人で書いた。
私はただひたすら愛しているよ大好きだよと
書いたと思う。

主人はスマイルやノンちゃんにもレオンの埋葬に
一緒に行かせようと言った。でも私は反対した。
なぜなら2人には元気なレオンだけ覚えておいて欲しかったから。
子供には見せなくてもいいものもあると思うから
後日ウサギさんにそのことを言ったら「そうだよ」と
賛成してくれた。男は単細胞なんだよなぁ。

埋葬場所に決めたバアの実家に到着
その家は田んぼの真ん中にあり、ひいばあちゃんが
亡くなってから空き家になっていた。
一度売ろうかなと調べたがあまりにも田舎だし
車も入っていくのが大変。売れなかったのだ。

ひいばあちゃんの家は2年くらいかな。
空き屋になったのは。でも生きていた頃に植えていた
球根の花が綺麗にこれでもかと咲き誇っていた。
水仙が、その頃は満開。梅が綺麗だったな。

車が止められる空き地に止め土嚢に入った
レオンをヤスと私で運んだ。重かったはずなんだけど
やんなっちゃうなぁ。もう生きていないのに
その重ささえ愛らしくてたまらない。

一番見晴らしのいい場所をお墓に決めた。
ヤスと主人で深く深く穴を掘った。
私はあまり深く埋葬するとレオンが
さびしがるような気がして、もうこのへんで
いいよと止めた。でも土葬というものは
深く埋めるものなんだと姑が言った。

20110124075629b59.jpg
初雪が降ったときだと思う。最初なんじゃこりゃと
驚いていたけど、すぐなれて遊び始めたんだよな。
雪玉を投げるといやんってな顔してて笑った。
今年の冬は雪が良く降ったからレオンと雪遊びが
たくさんできたなぁ。

2011.05.26 *Thu*

土嚢袋

最初の頃、そういえば毛布を奪い合ったなぁ。
我が家はどうもとろくさいのがそろっているのか
1人2枚しかとれなかった。ダウンジャケットに
靴下2枚履いても寒くて寒くてねぇ。
1時間に1度目が覚めてしまう。
スマイルが寝言で「寒いよ寒いよ」と言っていた。
かわいそうで抱きしめて寝た。悲しかったなぁ
FM福島から聞こえる
歌声やDJのやさしい声に癒されてた。
猪苗代湖ズの「I love you & I need You ふくしま」が
よく流れてた。変な歌だなぁとそのときは思った。

レオンの埋葬の場所を姑の実家に決めた
そこなら山に近いし津波がきてもどんな重機が
はいっても大丈夫だから。
本当は自分の庭に埋めたかった。
いつも一緒にいる感じがするから。

夫とバアと私で自宅へ向う。「ヤスが変なことしてなきゃ
いいがな」????どういう意味なの?

ヤスはあの日、家にいていち早くレオンを連れて
幼稚園かな?一時的な避難所に行った。
そこで係の人に「犬はダメだよ」とキツイ口調で
言われたらしい。そこで家に戻り、レオンのリードを
つないだそうだ。しかしヤス、危なかったねあんたも。
罪の意識があるはずだと夫は言う。そうかぁ傷ついて
いるんだろうなぁとボーっと思った

家に着く案の定、ヤスはレオンを庭に埋めようとしてた。
実家に埋めるって言ったと思うけど、誰も来ないうちに
一人で埋葬しようと思ったのかな。
主人に止められて、スコップを置いたヤス。
悲しげだった。だってレオンは彼が一番苦しんでいるときに
助けてくれた友達だもんね。

土嚢を入れる袋にレオンを入れる。死に顔は覚悟してた。
きっと苦悶に満ちた恐ろしい顔だろうと。
でも違った。今にも笑い出しそうな顔。
苦しまずに逝けたのかな?そうだそうに違いない。
土嚢袋を持つ、重いねぇ最初の頃は
片手で持てたのに。水を含んでいるせいもあるけど
一人ではとても車まで持っていけなかった。
4人で順繰りに彼を持って車まで行った。

あの当時、我が家の前はガレキだらけで車は入れなかったのだ。
だから車から家までは500mくらい先に置いた。

ヤスを除いて3人とも笑いながらレオンの思い出話を
した。私の実家に行く途中、車酔いしたこと
散歩が終わると必ずバアの家の勝手口にいって
おやつをおねだりした事。

彼は両家にとってアイドルだった。
皆、彼が大好きだった。

20110226121hhhhhjpg.jpg

道の駅にてパンダウサギと。彼はこのウサギが大好きだった。
道の駅の被害は我が家とは比べようがないほどひどかった。
多分この子も助からなかったと思う。
たくさんの命があの日いっぺんに消えたのだ。

2011.05.25 *Wed*

ライオン

最初のころの記憶はあまりない。日記もあんまり書くことが
できなかったのかな。少ししか書いていない。

その状態でもコアラは目立ってた。青いセーターに
確か帽子も青。ファッションセンスはいまいち(ごめんね)
今隣でダイヤちゃんがライオンのがいいよぉと
言ってます。いんやコアラは人は食えません。
優しすぎるから。だからコアラでいいのです。
コアラぁ、あんまり彼女をほっておくと誰かに
空き巣にはいられますよん

私はしばらく市の役人だと思い込んでいた。
でもあんなカジュアルな格好で公務員が勤務地には
こないよねぇ。ボランティアだとしったのはけっこう
後になってからだった。一生懸命だったから
いわき市の市関係者は一生懸命、働いてくれて当然と
思ってた。だってこんな大事件ですよ!
1000年に一度ですよ!絶対に全力をあげて助けてくれると
思っていたのだ。

その単純さ。私が甘ちゃんの世間知らずと知らされるのは
まだまだ先になる。ほんと私はバカでした。

忘れてた食べ物の話さとうのご飯の冷たい状態が
ご馳走でした。今だったら暴れるけどね。

次はどう書いたらいいかまた悩む話です。
うまく書けるといいなぁ。

2011.05.22 *Sun*

海は苦手

おかげさまで新しい住宅が決まりました。
四倉町にあるマンション2LDK。セキュリタリーも
万全。ベランダも広く目の前は海が見えます。
主人から携帯電話で連絡をもらったときは涙が
出るほどうれしかった。でも5分後くらいからかな。
落ち込んだ。他の人にも悪いという気持ちと
あと一番の理由は海が見えるということ。

あの日から私は海が怖い。見ることができない。
レオンと毎日散歩して大好きだったのに。
大人数なら行けるのだが一人では足が途中で
止まってしまい、震えが止まらないのだ。
私は津波をリアルで見ていないのにどうして?

http://www.youtube.com/watch?v=fl2N07QG6WQ&feature=related

義理の兄の友人がとった津波の映像です。
私は途中で気持ちが悪くなり見ることが
できませんでした。

私は海に勝つことができるのだろうか?
自信がまったくないのです。

ヤスが震災直後に海岸を歩いたら犬の死骸が
ごろごろ、転がっていたそうです。

次は一番私がどう書いたらいいか悩んでいることを
書きます。うまく表現できるかなぁ?

2011.05.21 *Sat*

レオンの友達の話

ここのところ日記が書けない。普通の生活を
送っているのにどうしてこんなに時間が
たりないんだろう。仲人もしてるからなぁ。
この話はちこっと面白いので後日お楽しみに

あとノートNO2~NO3が行方不明
ちょこっと焦ってます。

私のBF兼犬友のハセさんのことを書きます。
彼は秋田犬のエキスパート。秋田犬のドックショーでは
トップクラスの常連。秋田犬おたく?なのかしら。
サッチ、アカ、トラ。サッチとアカは夫婦で赤ちゃんが
産まれていた7匹。あの日から5~6日前にとっと動画
がありますので見てください。

http://www.youtube.com/user/reon820#p/a/u/0/chwKrM9BEUo

私はオス6匹の中小さいからだで奮闘してたメスの子が
好きだった。この子はあの日から4日くらいかな?
よそにもらわれていく予定だったんだよね。
わぁじゃあもらわれていく前に見に来るねと
ハセさんと約束した。

ハセさんちは敷地内同居。息子さんの家ではフレンチブルドックを
飼っていた。オスの子鉄。いつものんびり寝ていた。
ハイテンションドックのレオンがいくと迷惑そうな顔を
していたっけ。でも一回だけ勇気を振り絞ってワンとほえた
子鉄はレオンより年上なのにぃと笑ったっけ。
あの勇気のワンは最高に可愛かった。

ハセさんはいわゆる純粋に犬を愛している人で
ドックショーでいい成績をあげていたサッチの子供なら
高い値段で売れるのに、格安で売っていた。
初めて犬を飼う私にいろいろ教えてくれた。
それも冗談まじりに、私はハセさんの言う通りに
レオンを育てれば間違いないと思い、いわゆる
ワンコの育て方の本はいっさい読まなかった。

あぁ忘れてた。サッチとアカが結婚したときも
私見てたんだ。ちょっとびっくりしたけどね。

あの日、ハセさんは在宅していた。
津波がきたのでまずトラを檻から逃がした。
そして向かいの家の足の不自由なおばあさんを
助けに行った。とりあえずばあちゃんを庭にあった
いすの上に座らせた。そうこうしている間に
あっという間に水が170cmもあるハセさんの首まで
迫ってきたらしい。あわてて犬小屋の鉄のポールに
おばあちゃんを背負ってぶら下がって、難を逃れた。
ハセさんすご過ぎだと思いません?

でも一晩息子さんたちと会えなくて、彼らはハセさんの事を
あきらめたらしい。我が家と同じですね。

ハセさんが生きてると聞いたときは嬉しかったなぁ。
でもその後のワンコの話を聞いたとき
信じたくなかった。現実逃避したのかな。

アカ死亡。トラ行方不明、子犬全滅。
子鉄死亡。子鉄の周りに子犬の死骸が散らばって
いたそうだ。生き延びたサッチは人間で言えば
ウツ状態。そりゃそうだ。一生懸命育てた
子供たちと夫をいっぺんに亡くしたのだから。
気が強くて近ずくとほえまくるので私もレオンも
びびってた。そんなサッチがほえない。
甘えてくるんだよね。前は絶対に人を近づけることを
しなかったのにな。乳はまだパンパンに張っている。
あんなにきれいな毛並みが皮膚病で荒れている。
そしてげっそりとやせて一回り小さくなっていた。

次また可愛い子犬たちにあえると思ってた。
甘えん坊のアカを触れると思ってた。
怖がりの子鉄がまたレオンにビビると思ってた。
レオンの親友のトラと遊ぶところを笑いながら
見るもんだと思ってた。サッチにまた怒られると
思ってた。

ずっと彼らと遊べると無邪気に楽しみにしていた。

2011.05.15 *Sun*

友人

半泣き状態で避難所へ。なんと入り口にあきらめていた
ヤスがいる。生きていた!D君のおうちは高台にあるので
そこで双子くん2人と泊まっていたらしい。D君のおかあさんは
私のいきつけの耳鼻科の看護師さん。なんという偶然だろう。
彼女に抱きついて泣きながらお礼を言った。
「それではお母さん確かにお渡ししましたよ」
ありがとうございます何回、連呼しただろう。
ヤスにも生きてて良かったと泣きながら抱きつく
なんと彼の返事は「おめぇうぜえよ」
なんてひどい言葉だろう。

後日わかったのだが彼は事の深刻さをその時点で
知らなかったのである。誤解してごめんなヤス

クルリンさんがいる。彼女は一緒に泊まった双子君の
お母さんである。いわゆる犬とも兼ママ友である。
彼女に抱きついて「レオン死んだぁ」と泣いた。
いいからいっぱい泣きなと背中を抱いてくれた。

これも後日わかったのだがクルリンさんの
ご主人は漁師さんで急死に一生を得たのである。
しかし仕事仲間の何人かは行方不明の状態。
これから漁がどうなるかわからないそんなときに
私を抱いてなぐさめてくれたのである。
強い女性である。優しい女性である。

ヤスが双子君と家に向かうという。危ないし
レオンの死んでいる姿は見せたくない。
行かないほうがいい。その言葉を背に彼らは
家まで走っていってしまった。

3月12日 part3

2011.05.15 *Sun*

慟哭

避難所を捜しているうちに自宅が近くなってきた。
主人が「家に行こう」それどころじゃないのにと
少し怒りながら向かう。
途中で車を降りろ。通れないからな。
また神経質なことをヤスとじいが
どうなってるかわからないのに
車が傷つくとか思ってんのかしら?

家に向かう道「なにこれ」みんな壊れている。
家の中に壊れた車が突っ込んでいる家。
完全に津波が通ってしまった家。
道路はなんだかわからないガレキだらけ
車が通れない意味がやっとわかった。
驚きながら家につく。門にどこのおうちか
わからない屋根がくっついている。
電柱が倒れて電線がブラブラしてて怖い。
我が家は電化住宅だったので給湯のタンク?
のようなものを家の後ろに置いてあった。
大きくて重いもの。それがねじれて倒れている。
私が使っていた軽自動車が隣の空き地に
ひっくり返っている。ここはレオンとよく
散歩をした空き地だった。この状態では
ヤスとじいは生きているわけがない。
レオンは首輪を抜いて逃げているだろう。
「こんなこと」この言葉をうわごとのように
言っていた。

家に入る。1Fが全滅。くくりつけで大きな姿見が
ついて靴がたくさん入っていた靴箱が
消えている。私はウサギ年生まれ。
なんだか嬉しくて、バカのように
飾ってたウサギの人形はどこに行ったの?
畳がない。あっあった。違う、よその家の畳だ。
ヤスが合格できるように縁起担ぎで飾っておいた
お雛様がない。あっお内裏様だけ足元にあった。
これだけでもと拾ったら首がない。
家中のガラスが割れている。特にひどいのは
私がたくさんいろいろなものを飾って
家族中にあきれられていたお気に入りの出窓。ガラスが
トゲトゲになり、ブランコのようにふらふらしている。
飾りは?そうだ秋に小さいうちに買って試行錯誤しながら
育てたポインセチアは?やっと新しい葉が出てきたのに。
出る言葉は「こんなこと」この一言。
せっかくがんばって建てたマイホームなのに
なぜ涙がでないんだろう。

主人について行って外に出る。「ウワァ」と
主人が小さい声で叫ぶ。その視線の先に
レオンがいた。死んでいる。
大声で泣きながら彼を抱く。こんなに大きな声で
泣いたのは小学生以来だ。抱きしめながら泣きじゃくる私に
キリがない行くぞと主人が言う。
「嫌だ。離れない」泣きわめきながら抵抗する。
主人に引き剥がされる。この人はなんて冷たい人なの!
大声で泣く私にこの通路までだぞ。大通りにでたら
泣くなよ。なぜ悲しいのに、泣いてはいけないの?
ハセさんの息子さんとお嫁さんに会う。
「見ないほうがいい。子鉄は死んでいるよ」
子鉄はフレンチブルのおとなしいかわいい子
動作がのんびりしている。あのすばやいレオンが
ダメだったのだ。子鉄が生きているわけがない。
でも私の声を振り切るように行ってしまう。
そうだ、忘れてた。ハセさんも一晩帰ってこなかったんだ。
でも帰ってきたよと聞いてホッとしたんだっけ。

レオンの動画をyoutubeでupしてあります。
「reon820」のユーザー名で見られますので
お暇なときに見てください。おバカだけど
とってもかわいい子です。

奥さんの「ウワ~」という泣き声を背に道を
歩く。大声で泣くのが止まらない。
なぜ?あのかわいい2匹が死ぬの?
どうして?わからない。
泣くのをやめろ。ヤスを探さなくちゃダメだろう。
でも涙が止まらない。だってじいとヤスと
レオンを失ったんだよ。泣かずにいるなんて無理だ。
とりあえず情報がはいってるかもしれないから
避難所に戻ろう。死亡の情報を聞きに行くのか。
絶望でいっぱいになりながら避難所に向かった。

3月12日  part2



2011.05.12 *Thu*

おにぎり

朝起きて、岩のような硬くて味のない
小さくて冷たいおむすびを、ウサギちゃんが
もっていたお塩をかけて食べた。非常にまずかった。
でも食べなければ死ぬから仕方がなく飲み込んだ。
主人とヤスを探し始める。噂では友達のD君の家にいるらしい。
ベル先生の携帯電話にD君の家の電話番号を聞く。
Yハウスにいると言われて向かう。D君がYハウスの玄関に
出てくる。「僕は一緒じゃありませんよ」と言われる。
D君といると安心しきってた私たちはあわて始める。
避難所になりそうな施設を探す。保育園や幼稚園
どこも誰もいない。ヤスはだめだったのか。
まだ15歳なのに。昨日卒業式をしてそのまま
逝ってしまったのか。早すぎる。私が変わってあげたい
知らぬうちに「ヤス、ヤス、」と声をあげていた。

3月12日 part1

2011.05.11 *Wed*

乳歯

最初に戻ったのがスマイル。学校にいるのだからスマイルは
大丈夫だと思いなぜか安心してた。でも友達のC君と帰ってきて
顔を見たとき、ホッとしたなぁ。安心してたんじゃないの?
あれ?でも姪のノンちゃんは一緒じゃないの?おばあちゃんと
私は心配を始めた。スマイルあれだけノンちゃんを守れって
日ごろ言ってるのに。肝心なときに守れないなんてダメじゃないか!

ドキドキしながら待ってたらノンちゃんが友達のハッチちゃんと
戻った。ああ良かった。混乱の中スマイルたちとはぐれてしまった
らしい。ハッチちゃんとノンちゃんは地震のとき泣いちゃったんだよぉ
怖かったんだね。可愛そうに。でも無事でよかった。

次はウサギちゃんが戻る。ウサギちゃんはノンちゃんを
車で捜し歩いていたらしい。道路が大変なことになってるよ。
私、か呼吸になっちゃった。どんなことに?よくわからない。
ウサギちゃんがノンちゃんに「どこにいたのよ」と怒る。
でもうれしそうなのバレバレだぞ。

次に主人が戻る。家を見てきたらしい。
「すごいことになってるぞ。覚悟はきめろよ」
あ~あ畳、台無しかなぁ?まいったなぁ。
いくらかかるんだろう。

そうそう長女の弓はディズニーランドに行ってた。
メールでディズニーに泊まると言ってきた。
ええ!寒くないのかな?女の子だし心配。
でもまぁ3人いるから大丈夫かな。

スマイルが頬づえをついていたら激しい余震で
抜けかかってた乳歯が抜けた。いつも乳歯は
上の歯は庭に下の歯はベランダから投げていたのだが
バタバタしててなくしてしまった。ごめんねスマイル

ジイ(舅)とヤスとレオンが行方不明。レオンはきっと
やんちゃだから首輪を抜いて大丈夫だろう。
ジイとヤスはあきらめた。バア(姑)はジイは
80年生きたからもういいよ。ヤスだけ助かればいい。
そんなのダメだよバア。ジイだってもういいなんて
ダメだよ。

毛布を2枚渡される。1枚は敷布団。2枚は掛け布団。
でもストーブの近くに場所をとったので寒くはなかった。
ただ下が冷たいダウンをきたまま寝たのだが、
眠れない。どうやっても眠ることができない。

3月11日 part4

2011.05.08 *Sun*

冷たすぎる水

アモちゃんと歩き始めた、裏道を通ったから
遠いのかなぁ?疲れちゃうなぁと思ってた。
でも案外近くて見覚えのある駅前通りへ
やっぱ水道管やられちゃったねぇと二人言い合いながら
家に向かった。足元が濡れるからお気にのブーツが
汚れちゃうとうんざりしてた。

あと2本道を渡れば行くとこまでたどり着いた。
あれ?通行止めになってるよぉ。水が多いからかしら。
水が浅いように見えたところを見つからないように
そっと歩き始めた。アモちゃんまたね。送ってくれてありがと
後ろからバイバイと手を振るアモちゃん。
氷水のようにつめたい水だった浅いと思ってたのに
どんどん深くなっていった。でも家に帰れると思って
ズンズン前を向かった。後ろから女性のどなり声
「あんた、それ以上行くと死ぬよ!」「はぁ?」
ふりかえったらかかりつけの内科のベテラン看護師だった。
「でんでんむしさん!戻りなさい」まぁ一度もどってみるかぁ
看護師さんのところまで向かった。彼女は裸足だった。
「どうしちゃったんですかぁ?」「津波だよ津波。
でんでんむしさんはどこだっけ?家」「〇〇です」
「もう皆、☆高に避難しいているよ。そっちにむかいなさい。」
はぁ?なにそれ。私が避難?意味がわからなかった。
でも家にはヤスと姑と舅とレオンがいる。
彼女の声を振り切ってまた水の中をはいっていった。
冷たかった。深かった。足の膝くらいかな?
行ったら足が一歩も前にでない。ボアのブーツなんか
はいてきたから、後悔してジタバタしてた。
後ろから大柄な男性、60代くらいの男性、消防隊の
3人が追いかけてきた。「なにしてるんですか!」
「子供が家にいるんです」「なんだってぇ」
走って家に向かう3人。私もついていこうと思ったけど
なにぶん足が動かない。悔しいけど戻った。
アモちゃんは大柄な男性の携帯を預かっていた。
そこを離れられないからごめんねと話をしてた。
そのときジェントルマンの山さんが
通りかかった。レオンを連れてこないとリードしてるから
逃げられませんよねぇ。「犬どころじゃないよ!」
えっ?あんなにレオンをかわいがってくれた山さんどうしちゃったの???
そこにAさんが車で追いかけてきてくれた。
「とりあえず乗りなさい」私だけ乗ってアモちゃんと
別れた。その時点でも私はまだアモちゃんとすぐに
会う日がくると思ってた。水がどんどん増えていく
「うわぁこれ以上は無理だ。ごめんな。ここから
歩いていって」☆高校は目の前だ。「ここまで
来ていただければ充分です。ありがとうございました」
☆高校はヤスが受験した学校だ。あの日の翌日が
合格発表。まぁ一晩避難したら見に行くのが楽でいいかな。
でも落ちてたらやだなぁ。と考えながら歩いていた。

☆高校に到着。どこに行くのかなぁ?とりあえず体育館へ
姑と会う。「じいちゃんとヤスがわからないんだ」
「でもすぐ来るでしょう。ヤスは若いし、じいちゃんは
元気だもん」第二体育館に到着。そこで初めて寒いと
気がついた。あれぇヤスの担任のベル先生がストーブの前で
震えている。挨拶をした。大変でしたねぇ。
私も寒いからストーブの近くに行った。近所のガーディニングが
大好きな優しいBさんがその靴を脱ぎなさいとかわいいワンコの
スリッパを貸してくれた。寒いなぁ。まいったぁ。
ここで泊まるのかぁ。うんざりだなぁ。

私はこの日から地獄が始まったことをまだわからずにいた。

3月11日 part3

2011.05.07 *Sat*

なにもわかっていなかった

卒業式が終わり、前夜ママ友のアモちゃんから
誘われていたランチに出かけた。私の大好きな
街道沿いにあるお店。海が目の前に見えて
夜になるとカップルで賑わい、お値段も
リーズナブルな主婦には嬉しいお店。

話が弾み、ランチだけでは物足りず彼女のおうちに
移動。彼女のおうちは海より遠く離れた
4階建てのアパート。もう少しで東京に
引越しする予定の彼女。なかなか話が止まらない。
そろそろスマイルが帰ってくる時間。
今度お別れ会をしようねと言いながら
帰り支度を始めたとき、私の携帯がへんてこりんな
音を立て始めた。なに?うるさいわねと
カバンから携帯を取り出してあけたとたん
グラグラグラグラ。驚いて固まる私にテーブルの下に
入ってと叫ぶアモちゃん。茶箪笥からコップやお皿が
雨のように降ってくる。怖い怖いと叫ぶアモちゃん
弱虫なくせに妙に冷静だった私。よそのおうちの
ストーブを手を伸ばして消して「TVつけたらぁ」と
のんきに言った。大きな津波が来る恐れがありますという声
でも我が家の近くの海は津波は絶対にこないと
皆言っていた。隣町が危ないねとアモちゃんと
言い合ってた。あまり長い地震にちょっとイライラしてた。
家に帰ったら茶碗のかたずけがめんどうだなと思っていた。
いろいろ考えると面倒なので数を数えて遊んでた。
アモちゃんがどうしてそんなに冷静なの?怖くないの?と
言いながら叫んでた。怖い?う~んちっともだな。

茶碗が雨のように降ってくるので怪我をすると
嫌なのでいつまでもテーブルの下にいた私たち
アモちゃんの近所のAさんが「家が崩れるから出てきな!」
ふ~んと思いながら足元に気をつけながら外へ
そういえば卒業式で浮かれていてちょっとおしゃれして
母からもらったビーズつきのギラギラジーンズに
ボアつきのお気に入りのブーツをはいてたっけ。
上は忘れちゃったけどたぶんチャラチャラした服。

とりあえず家まで送るねとアモちゃんに送ってもらう。
途中でメイン道路が水だらけで動けなくなる。
やだぁ水道管破裂よ。断水?めんどうなことになるなぁ。
仕方がないのであるおうちの高台にある駐車場に車を乗り捨てて
歩いて帰ることにする。水で道路がいっぱいなので知らない方が
庭を通っていいよといってくれた。そのときストラップの
一つがいきなりきれた。確か赤い紐のストラップだったと思う。
まだ新しいストラップなのに。なんとなく嫌な予感が
したけど、お気に入りのお皿がたくさん割れたのかなとしか
考えていなかった。そしてめんどくさいという言葉で
頭がいっぱいだった。事の重大さが全くわかってない
愚か者だった。

3月11日 part2

2011.05.05 *Thu*

最高の一日になるはずだった

3月11日。あの日。長男ヤスの卒業式。
不登校を1年間していた彼。
わたしにとって彼の行動は人生最大の挫折だった。
そのせいだけとはいえないが、うつ病を発症した。
おととしの暮れから去年の2月ごろまでにかけて
最悪な症状の連続。叫ぶと思えば声がでなくなるわ。
毎週先生が家庭訪問。あっちこっちに相談に行った。
自分を責めた。どうしたら彼が学校に行ってくれるのか
家族、親戚で頭を抱えていた。

そんなとき末っ子のスマイルが犬を親友のノリから
もらってくるという。問題も解決していないし私の体調から
面倒を見る自信がなかった。「今はやめようよ」私も
ワンコを飼いたかったがだめだしをした。
ところがスマイルときたら行動にでた。そのワンコを
つれてきたのだ。柴犬とのミックス。白なのだが背中と耳の
ふちが茶色。抱いてみた。少したれ目の目で私をじっと
見つめる。その瞬間私は彼に一目ぼれをした。
飼うこと決定。生まれて初めてワンコを飼う私は大はりきり。
小屋を買ってきてつくり、いろいろなリードをためしたり
餌選びも楽しかった。昨年の9月。日は忘れてしまったが
チリの炭鉱事故でドラマのような救出劇があった日だった。
名前はレオン。私は本当は小五郎とつけたかったのに
長女のナエもスマイルも大反対。スマイルが名づけ親になった。
ゲームのヒーローで絶対に死なない人らしい。
それならよしということで彼の名前は「レオン」になった。

そこから我が家は急展開。私の病は良くなるし
ヤスもだんだん心の氷が解け始めた。
3月の終わりごろは3日だけだったが学校に行けた。
たぶん撃沈するだろうけど公立高校の受験までできたのである。
夢だと思ってた卒業式にも出席できた。
私は張り切った。普段はかないスカート、手つくりの
コサージュ。カバンは以前、従兄弟のミカンちゃんがくれた
シャネルだしゃねるだぞい。

レオンのおかげだと思った。彼との散歩はとても
楽しくて1時間は平気で超えてしまった。
雪が降ろうがやりが降ろうが散歩だけはかかさなかった。
子供たちの友達のアイドルになった。
私に犬友を与えてくれた。彼もたくさん友達ができた。
子鉄、楽ちゃん、トウ、ブルー、チャコちゃん、アカ、お母さん、ラン
チャコちゃんにはあいつほれていたんじゃないかな?
なんといっても秋田犬のトラ。かれとは大親友
散歩の途中であうとトラの飼い主の優しいおじさん
ハセさんと私はリードでグルグル巻きになって
しまう困った事態になった。トラはレオンより2ヶ月
お兄さん。年も近いからかな?

あと、10年彼と遊べると信じて疑わなかった。
だって彼は7月生まれのまだ7ヶ月だったんだもの。
なんでも食べる丈夫そうな子だったんだもの。

あんなことが起こるなんて誰も考えてなかった。
最高の一日になると思ってた。夕飯はどんな
ご馳走にするか考えていた。幸せだった。

3月11日 part1


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でんでんむし

Author:でんでんむし
東日本震災の被災者です。
家は半壊強。愛犬のレオンを
亡くしました。今は四倉高校を
でまして、市から提供された
海の目の前のマンションで暮らしています。



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